1. 研修医と「ABCD評価」「臨床推論」
当直や病棟で研修医をしていると、こんな場面に必ず出会います。
- ナースステーションに「○号室、状態悪化です!」とコールが入る
- 廊下で車椅子の患者さんが突然ぐったりする
- 救急外来に、明らかに重症そうな患者さんが運ばれてくる
このとき頭に浮かびがちなのは、
- 何が起きているんだろう?(鑑別を出そうとする臨床推論モード)
- でも、まず何から手をつければいいか分からない
という葛藤です。
ここで鍵になるのが、「病名当てクイズとしての臨床推論」と、「今すぐ命を守るためのABCD評価」をきちんと分けて考えることです。
ABCD評価は、病態がまだはっきりしなくても、「今ここでやるべきこと」を整理し、重症患者さんの初期対応を安全に進めるための基本フレームです。
2. 症例:病棟での急変コールをイメージしてみる
まずは、架空のミニ症例から入ります。
- 78歳男性、肺炎で入院中
- 夕方、ナースから「SpO₂が88%まで下がって息苦しそうです」と緊急コール
- あなたは当直の初期研修医。ナースステーションから病室へ向かう途中です
このとき、頭の中でぐるぐる回る診断名は一旦置いておいて、ABCD評価の型で動きます。
3. 最初の10秒でやる「初期ABCD評価」
病室に入ってから最初の10秒でやることは、細かい問診ではなく、初期ABCD評価です。
3-1. A(Airway:気道)
- 患者さんの声は出ているか
- かすれ声や発声困難はないか
- いびき様の呼吸音や、頸部で強く聞こえるヒューヒュー音(上気道狭窄)などはないか
「普通に会話できている」なら、少なくとも今この瞬間、Aの破綻はなさそうと判断できます。
3-2. B(Breathing:呼吸)
- 明らかな呼吸数増加や努力呼吸はないか(肩で息をしていないか)
- 胸郭の動きは左右差なく動いているか
この段階では正確な呼吸数を数えなくてよく、「ぱっと見で変じゃないか」を数秒で判断します。
3-3. C(Circulation:循環)
- 橈骨動脈がしっかり触れるか
- 皮膚が冷たく、冷汗をかいていないか
ここまでで、「脈が触れない・呼吸も止まっている」と判断すべき状況なら、すぐにBLS/ACLSの世界です。人を呼びながら心臓マッサージ、除細動、アドレナリン投与などに移ります。
一方、脈もあり、呼吸もあるけれど「しんどそう」「重症っぽい」なら、次のステップ(バイタル測定・二次ABCD評価)へ進みます。
4. 二次ABCD評価と「環境づくり」
初期ABCD評価で「重症そう」と思ったら、評価と同時に環境づくりも始めます。
4-1. バイタルサインで絶対に外したくないのは「呼吸数」
測定するバイタルは、
- 意識レベル
- 呼吸数
- SpO₂
- 心拍数
- 血圧
- 体温
の6つです。
ここでポイントになるのが、呼吸数です。
重症化していく患者さんでは、呼吸数の変化が他のバイタルより先に出ることが多いとされています。にもかかわらず、忙しい現場では「SpO₂だけ見て呼吸数はノータッチ」となりがちです。
研修医のうちから、「バイタル=呼吸数を含めたセット」として習慣づけておきましょう。
4-2. モニター・酸素・ルート確保
二次ABCD評価に入ったら、次のような指示を並行して出していきます。
- 心電図モニター装着
- SpO₂モニター装着
- 必要に応じて酸素投与開始
- 末梢静脈ルート確保(可能なら20G程度の太めの針で)
ルート確保の目的は、
- 細胞外液量の不足を補う
- すぐに投与したい薬剤を入れられるようにする
の2つです。採血や静脈血ガスも、ルート確保と同時に行ってしまうと患者さんにもスタッフにもやさしい流れになります。
4-3. 「どこで診るか」を同時に考える
見落とされがちですが、診療する場所の調整も重要です。
- 大部屋のままでは安全に気管挿管やNPPV導入ができない
- ICU、HCU、処置室、アンギオ室、手術室など、どこに運ぶのが適切か
ABCD評価をしながら、「この人はどのレベルの環境で診るべきか」を早めに想像しておきましょう。
5. A・B・C・Dの詳細評価と介入のイメージ
ここからは、各アルファベットごとに、「研修医としてまず押さえておきたいポイント」をざっくり整理します。
5-1. A:気道のトラブルと、エアウェイの考え方
Aの異常は、大きく3パターンに分けられます。
- 食べ物や誤嚥による気道異物
- 咽頭・喉頭腫瘍、喉頭蓋炎、アナフィラキシーなどによる上気道狭窄・浮腫
- 意識障害による舌根沈下
ポイントは、「何でもかんでもエアウェイを入れればよいわけではない」ことです。
- 意識障害による舌根沈下には、頭部後屈・顎先挙上と経口/経鼻エアウェイ
- 一方、喉頭蓋炎など上気道に腫脹があるときは、無理な器具挿入でかえって窒息リスクが上がる
Aで悩んだら、早めに指導医・救急・麻酔科・耳鼻科にヘルプを出す、これが研修医の臨床推論としては正解です。
5-2. B:低酸素か、低換気か
「呼吸の異常」は、大雑把に
- 酸素が足りない(低酸素血症)
- 二酸化炭素がたまる(低換気=高CO₂血症)
の2つに分けられます。
低酸素血症は多くの場合、SpO₂の低下から見つかります。
ただし、ショックで循環が回っていないときは、SpO₂が信用できないこともあるので、動脈血ガスで確認が必要な場面もあります。
低酸素血症への酸素療法
酸素投与のざっくりした目標は、
- 慢性の二型呼吸不全がない患者:SpO₂ 90〜95%前後
- 慢性の二型呼吸不全がある患者:SpO₂ 88〜92%前後
わからない場合は、「90%台前半をめざす」くらいのイメージでスタートし、様子を見ながら調整します。
低流量デバイスのイメージ:
- 1〜5 L/分:鼻カニューレ
- 5〜10 L/分:フェイスマスク
- 8〜12 L/分:リザーバーマスク
鼻カニューレは5 L/分を超えると不快感が強くなる、マスクは流量が少なすぎると自己呼気(二酸化炭素)を再吸入してしまう、といった特徴も頭に入れておきましょう。
高流量やNPPVが必要になるのは、
- 高血圧を伴う急性心不全の呼吸不全
- COPD急性増悪
- リザーバーマスクでも酸素化が維持できないとき
などです。このあたりは、導入時に必ず上級医・臨床工学技士と一緒にやるつもりでいましょう。
低換気に対する呼吸補助
高CO₂血症や明らかな低換気がありそうなときは、
- バッグバルブマスク換気(あるいはジャクソンリース)
- NPPV(適応があれば)
- 気管挿管・人工呼吸管理
といった選択肢がありますが、ここは研修医一人で頑張る領域ではありません。
ただし、バッグバルブマスク換気は、いざというときに研修医が使えると非常に心強いスキルです。
- 十分な頭部後屈・顎先挙上
- 下顎角をしっかり持ち上げる
- 親指と人差し指でマスクの密着を保つ(EC法)
といった基本を、シミュレーションや実習で体に染み込ませておきましょう。
5-3. C:ショックの見つけ方と、輸液・循環作動薬の基本
Cの異常(循環不全)は、
- 頻脈・徐脈
- 血圧低下
- 抹消冷感、冷汗、網状皮斑
- 毛細血管再充満時間の延長
- 乳酸高値
などの組み合わせで見つかります。
重要なのは、
- 「血圧が正常だからショックではない」わけではない
- 逆に「血圧が低いから必ずショック」とも限らない
という点です。真のショックは、「末梢レベルで酸素代謝が破綻している状態」と理解しておきましょう。
ショックへの介入の柱
ショックの患者さんでは、
- 酸素供給を増やす(酸素投与、輸液、場合によって赤血球輸血)
- 循環作動薬で血圧・心拍出を補う
が基本です。
輸液は、乳酸リンゲルなどの細胞外液を、太い末梢ラインからしっかり流すところからスタートします。同時に、エコーや身体所見でショックのタイプ(出血性、心原性、閉塞性、分布異常 etc.)を考えながら、流速・量を調整していきます。
循環作動薬はたくさん種類がありますが、初学者としては、
- 心肺停止:アドレナリン静注
- アナフィラキシー:アドレナリン筋注
- 心原性ショック:ドブタミン(ただし循環器と一緒に対応)
- それ以外、多くのショック:ノルアドレナリン
というざっくりした整理で十分です。
ただし、どのショックでも「根本原因の治療」が最優先であることを忘れないでください(例:緊張性気胸ならドレナージ、出血性なら止血と輸血など)。
5-4. D:意識障害と挿管のタイミング
D(意識)は、A・B・Cすべてと密接に関わります。
- 低酸素・高CO₂・ショックでDが悪化することもあれば
- Dの悪化(意識障害)が舌根沈下を起こしてAを破綻させることもある
「GCS 8点以下なら挿管」というフレーズは有名ですが、これはあくまで目安であり、すべての症例で機械的に当てはめるものではありません。
- 気道確保できない
- 吸引や酸素投与だけでは安全が保てない
- 今後の検査・治療を考えると、人工呼吸管理が妥当
といった要素を総合して、「そろそろ挿管が必要そうだ」と感じたら、一人で悩まず、指導医やRRTをすぐに呼ぶことが研修医としての重要な行動です。
6. ABCD評価と臨床推論をどうつなげるか
ここまでの内容を整理すると、
ABCD評価:
- 「この人は今、安全か?」
- 「何から優先して介入するか?」
を決める、安全確保のフレーム
臨床推論:
- 「なぜこうなったのか?」
- 「本当の原因は何か?今後何が起こり得るか?」
を考える、病態・診断のフレーム
という役割分担になります。
研修医のうちは、
- まずはABCD評価で「死なせない・悪化させない」
- 安定化したら、改めて臨床推論で鑑別を整理する
という順番を徹底するだけで、救急・病棟の怖さはかなり減ります。
7. まとめ:研修医にとっての「ABCD評価」という臨床推論
最後にポイントをまとめます。
- 重症患者さんを前にしたとき、いきなり病名当ての臨床推論に入らず、ABCD評価で「今ここ」を整えるのが第一歩
- 初期ABCD評価(見た目・声かけ・触診)で10秒以内に重症度を見極める
- 二次ABCD評価では、呼吸数を含むバイタル・モニター・酸素・ルート・診療場所の確保を並行して行う
- A〜Dごとに、「研修医としてここまでは自分でやる」「ここから先は必ず上級医を呼ぶ」というラインを決めておく
- ABCD評価そのものも、**「命を守るための臨床推論の型」**と考えて、症例のたびに振り返る
ABCD評価は、一度読んだだけで身につくものではありません。
病棟急変や救急当直のたびに、「今回の症例、自分はA〜Dのどこから考えて、どこに抜けがあったか?」を振り返ることで、少しずつ精度が上がっていきます。
オンライン勉強会や院内カンファレンスでも、「臨床推論」の症例検討に加えて、ABCDの観点から初期対応を振り返る時間を意識的に持つと、研修医としての総合力が一気に伸びていきます。