1. 「研修医になったのに、臨床推論がよくわからない」問題
医学生〜初期研修医と話していると、臨床推論についてこんな声をよく聞きます。
- 鑑別診断がなかなか出てこない
- 一応考えているつもりでも、結局「とりあえず全部検査」になってしまう
- 指導医の頭の中のプロセスが見えず、「勘で診断しているようにしか見えない」
教科書や問題集では「臨床推論」と書いてあっても、現場でどう使えばいいのかピンと来ないまま、忙しい日々に流されがちです。
この記事では、そんな「臨床推論むずかしい問題」を、できるだけシンプルな“型”ひとつに落とし込んで整理してみます。
2. この記事のゴール
この記事の目的は、臨床推論を網羅的に教科書的に解説することではありません。
- 医学生〜初期研修医が
- 明日の外来・当直からすぐ使えるレベルで
- 「まずこれだけは意識してほしい」という臨床推論の型を共有する
この3点に絞ります。
特に、
- 研修医が最初に身につけたい臨床推論の考え方
- 症例ベースで練習していくときの視点
をセットでイメージできるようになることがゴールです。
3. 研修医がまず覚えたい臨床推論の結論
先に結論だけ書いてしまうと、初期研修医のうちに身につけたいのは次の2つです。
病態レベルで考えるクセをつける
「この人は何の病気か?」の前に、「身体のどこで、どんなメカニズムが起きていそうか?」と考える習慣を持つ。頻度 × 見逃したときのヤバさ で鑑別を整理する
「頻度が高いもの」と「頻度は低いけれど見逃すとまずいもの」をセットで考える。
この2つが入るだけで、臨床推論はかなり実践的になります。
4. 研修医向け「臨床推論の型」5ステップ
医学生〜初期研修医でも使いやすいように、臨床推論のフレームを5ステップに整理してみます。
ステップ1:主訴と時間経過から「緊急度」と「系統」を決める
まず最初にやることは、鑑別の列挙ではありません。
- これは今日・今すぐ危ないのか、それとも外来でじっくり評価できるのか
- どの系統の問題として考えるのが自然か(呼吸器・循環器・消化器・神経…)
を大まかに決めます。
ここで大事なのは、完全に正しくなくていいので、ざっくり箱に入れることです。
ステップ2:病態レベルで考える
次に、「病名」ではなく「病態」で考えます。
たとえば呼吸困難なら、
- 換気の問題(気道閉塞、喘息発作など)
- ガス交換の問題(肺炎、間質性肺疾患など)
- 循環の問題(心不全、肺血栓塞栓症など)
- 酸素需要の増加(発熱、重度貧血など)
といった具合に、「どのレベルでトラブルが起きていそうか?」を分解していきます。
ステップ3:頻度が高いもの × 見逃すとヤバいもの
病態のイメージが持てたら、その中で
- 日本の研修医がよく見る「頻度が高いもの」
- 見逃したときにアウトカムが大きく悪化する「ヤバいもの」
をそれぞれ3つ前後、挙げられるようにします。
このとき、「頻度が高いがヤバさはそこまででもないもの」と、「頻度は低いがとにかく見逃せないもの」を同じ箱に入れないのがポイントです。
ステップ4:ベッドサイド情報と簡単な検査で絞る
鑑別がある程度出てきたら、今度は
- 問診(経過、誘因、基礎疾患、薬剤)
- バイタル・フィジカル
- ベッドサイドでできる検査(血ガス、心電図、POCUS など)
で、「その鑑別らしさ」をひとつずつ確認しにいきます。
ここでやりたいのは、「この疾患を証明する」というよりも、「この疾患はなさそうだと安心できるかどうか」を確認することです。
ステップ5:「今すぐやること」と「あとで考えること」を分ける
最後に、初期研修医が一番迷いやすいポイントです。
- 今この場でやるべきこと(治療・モニタリング・コンサルトなど)
- もう少し情報を集めてから考えること(追加検査、長期フォロー、基礎疾患の精査など)
を意識的に分けます。
当直帯などでは、「自分のシフト中に起こってほしくないイベントを減らす」という視点で優先順位を決めると整理しやすくなります。
5. 症例ベースで「臨床推論の型」をなぞってみる
ここからは、架空のミニ症例で実際にフレームをなぞってみます。
症例
- 26歳女性
- 主訴:呼吸困難
- 現病歴:半日ほど前から階段を上がると息切れが強くなり、受診前には安静時にも苦しくなってきた。胸痛ははっきりしないが「胸が重い感じ」。発熱なし。
- 既往歴:特記なし
- 喫煙歴:なし
- 経口避妊薬(ピル)内服中
救急外来にいる初期研修医であるあなたが、最初にこの患者さんを診る場面をイメージしてください。
5-1. ステップ1:緊急度と系統
- バイタル:HR 112 / BP 110/70 / RR 26 / SpO₂ 92%(室内気) / BT 36.8 ℃
- 意識は清明だが、不安そうで会話中にも息切れが目立つ
この段階で、
- 緊急度:高い(少なくとも「今は安全」とは言えない)
- 系統:呼吸器・循環器領域がメイン。特に「肺」か「右心」に負荷がかかっていそう
とざっくり決めます。
5-2. ステップ2:病態レベルを考える
呼吸困難の病態として、
- 換気の問題:気道狭窄(喘息)などはあまり典型的ではなさそう
- ガス交換の問題:肺炎っぽい発熱や咳は乏しい
- 循環の問題:急性心不全・肺血栓塞栓症(PE)など
- その他:重度貧血や代謝性アシドーシスなどの全身性要因
をざっくり検討します。
ここまでで、「循環(特に肺循環)の問題」の可能性が頭に浮かんでいるとよさそうです。
5-3. ステップ3:頻度 × ヤバさで鑑別を整理
この症例で、初期研修医がまず考えておきたいのは次のようなものです。
頻度が高いもの
- 急性心不全(基礎疾患なしなので頻度はやや下がる)
- 気管支喘息発作(既往がなければ可能性は低め)
見逃すとヤバいもの
- 肺血栓塞栓症(ピル内服中というリスク因子あり)
- 緊張性気胸(身体所見で差を確認したい)
- ACS の非典型例(若年女性でもゼロではない)
この時点では、「肺血栓塞栓症を見逃さない」という意識を明確に持っておくことが大切です。
5-4. ステップ4:ベッドサイド情報で鑑別を絞る
ここで研修医としてできることはたくさんあります。
身体所見
- 片側の呼吸音低下や過共鳴 → 気胸を疑う
- 下肢の腫脹や圧痛 → 深部静脈血栓症の可能性
- ラ音の有無 → 心不全や肺炎の示唆
ベッドサイド検査
- 心電図:洞性頻脈のみか、右心負荷所見がないか
- 採血:D-dimer、トロポニンなど(施設のプロトコルに依存)
- エコー(POCUS):右心負荷の有無、下大静脈の太さなど
これらを組み合わせて、「これはさすがに PE を強く疑う」という状態になれば、CT アンギオや専門科コンサルトを急ぎます。
5-5. ステップ5:「今すぐやること」を決める
この症例で「今すぐやること」は例えば次のようになります。
- モニタリング・酸素投与
- 早めの上級医コール
- 必要なら救急・循環器・呼吸器へのコンサルト
- 画像検査に向けての準備(ライン確保、検査の優先順位整理)
一方で、「検査のあとでゆっくり考えること」は、
- 今後の避妊方法をどうするか
- 何がリスク因子だったのか
- 再発予防のための教育内容
といった中長期的なテーマになります。
こうして「今守るべきのは何か」「あとで考えてよいのは何か」を分けるのも、初期研修医にとって大事な臨床推論の一部です。
6. よくあるつまずきポイント
臨床推論を学び始めた医学生・研修医が陥りやすいポイントも整理しておきます。
鑑別を思いつくだけ並べる
頭に浮かんだ病名を全部並べて満足してしまい、「頻度」と「ヤバさ」で整理できていない。検査ありきで考えてしまう
「とりあえず CT」「とりあえず採血」になり、ベッドサイド情報からの絞り込みがおざなりになる。1つの診断に飛びついてしまう
最初の印象に引っ張られ、別のヤバい疾患を検討できていない(アンカリング)。フレームが毎回バラバラ
症例ごとに考え方が変わってしまい、経験が蓄積しにくい。
この記事で紹介したような「5ステップの型」を毎回意識して振り返ると、経験が少しずつ自分の中の臨床推論パターンとして積み上がっていきます。
7. まとめ:「完璧な答え」より「回し続けられる型」を
最後に、この記事のポイントをもう一度整理します。
- 臨床推論は、まず「病態レベルで考えるクセ」と「頻度 × 見逃すとヤバさで鑑別を整理するクセ」から。
- 型としては
1)主訴・経過から緊急度と系統を決める
2)病態レベルで分解する
3)頻度が高いもの+見逃すとヤバいものを挙げる
4)ベッドサイド情報と簡単な検査で絞る
5)今すぐやることと、あとで考えることを分ける
という5ステップを回せるかどうかがスタートライン。
医学生のうちから、あるいは初期研修医の1年目から、
- 完璧な鑑別リストを目指すこと
よりも、
- どんな症例でもとりあえず回せる、自分なりの臨床推論の型を持つこと
の方が、診断力アップの近道です。
身近に症例ベースで学べる機会が少なければ、オンライン勉強会や症例検討の場をうまく活用してみてください。
同じ症例でも、指導医や同期の研修医がどう臨床推論を組み立てているかを聞きながら、この記事の5ステップに当てはめてメモしていくと、「臨床推論の筋トレ」としてとても良い練習になります。