目次
- 導入:上級医のひとことの裏にある“推論”
- 好気ボトルと嫌気ボトルの違いを押さえる
- “好気性菌/嫌気性菌”は微生物学と臨床で定義が違う
- 偏性好気性菌(Obligate aerobe)
- 通性嫌気性菌(Facultative anaerobe)
- 偏性嫌気性菌(Obligate anaerobe)
- まずはこの3パターンを判断する(好気+嫌気の陽性パターン)
- グラム染色 × ボトル情報を組み合わせる
- 緑膿菌はどっちのボトルから出る?
- 解釈のまとめ
- Take-home message
- 参考文献
導入:上級医のひとことの裏にある“推論”
当直明け、微生物検査室から一本の電話。
「血培、好気ボトル1本が陽性で上がっています」
グラム染色をのぞき込んでいると、隣で上級医がつぶやく。
「グラム陰性桿菌だね。長細いし、好気ボトルだけ陽性で、緑膿菌かな」
研修医のあなたは心の中で思う。
(え、グラム陰性桿菌(GNR)って全部同じに見えるんだけど…… しかも“好気ボトルだけ”でなんでそんな推測ができるの?)
実はこのとき上級医が無意識に使っているのが、
- 「好気ボトルか?嫌気ボトルか?それとも両方か?」
という ボトル由来の“検査前確率” です。
グラム染色の形態に、この“ボトル情報”が加わると、菌名推定の精度も、初期治療の判断も一気に変わります。
この記事では、「GNR…腸内細菌?緑膿菌?」と迷う場面で、好気/嫌気ボトルの情報をどう活かすか を実践的にまとめます。
好気ボトルと嫌気ボトルの違いを押さえる
血液培養1セットには
- 好気ボトル(Aerobic bottle)
- 嫌気ボトル(Anaerobic bottle)
の2本が含まれています。
これは単なる容器の違いではなく、細菌がどんな環境を好んで増殖するか を示す“性質の手がかり”になります。
“好気性菌/嫌気性菌”は微生物学と臨床で定義が違う
臨床で使う「好気性菌」「嫌気性菌」は少し雑な言葉です。
微生物学的には、酸素に対する振る舞いで次の3つに分類されます。
偏性好気性菌(Obligate aerobe)
酸素がないと増えない菌
例)Pseudomonas aeruginosa, Acinetobacter spp.
通性嫌気性菌(Facultative anaerobe)
酸素があってもなくても増える菌
例)Staphylococcus aureus, Streptococcus, Enterococcus, 大腸菌・Klebsiella などの腸内細菌科
偏性嫌気性菌(Obligate anaerobe)
酸素があると生きられない菌
例)Bacteroides, Prevotella, Clostridium spp.
臨床ではよく簡略化して、
- 好気性菌=(偏性好気性菌)+(通性嫌気性菌)
- 嫌気性菌=(偏性嫌気性菌)
として扱われていることが多いのではないでしょうか?
この臨床的理解が、血培ボトルの読み解きには非常に重要です。
MSDマニュアル(プロフェッショナル)「一般的な病原性細菌の分類」より作成(本文原稿の記載に基づく)
まずはこの3パターンを判断する(好気/嫌気の陽性パターン)
電話の段階で判明する情報は、グラム染色結果に加えて以下だけです。
- 好気だけ陽性なのか
- 嫌気だけ陽性なのか
- 両方陽性なのか
この組み合わせは 菌種推定にとても大きい意味 を持ちます。
パターン1:好気(+)/嫌気(+)
→ 通性嫌気性菌(Facultative anaerobe)を考える
典型例:黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、腸内細菌科(E. coli, Klebsiella)
どちらのボトルにも発育できる、“柔軟な菌”です。
パターン2:好気(+)/嫌気(−)
→ 偏性好気性菌(Obligate aerobe) or 通性嫌気性菌(Facultative anaerobe)
典型例:Pseudomonas aeruginosa, Acinetobacter spp. など
初期報告で嫌気ボトル(−)だからといって通性嫌気性菌(B)が否定されるわけではなく、単に嫌気側より発育が早かっただけ ということもしばしばあります。。。
パターン3:好気(−)/嫌気(+)
→ 通性嫌気性菌(Facultative anaerobe) or 偏性嫌気性菌(Obligate anaerobe)
典型例:Bacteroides, Clostridium
このパターンでは、偏性好気性菌(Obligate aerobe)の可能性は限りなく低いです。
グラム染色 × ボトル情報を組み合わせる
ここからが上級医の思考の正体。
- 「グラム染色結果はどうか?」
- 「どのボトルで陽性か?」
この2つを組み合わせることで、推論の精度が一気に上がります。
GNR × 嫌気ボトルのみ陽性
→ 腸内細菌(通性嫌気性菌) or 嫌気性菌 の両方が候補
E. coli / Klebsiella などの通性嫌気性菌は、嫌気環境では 発酵でガスを作りつつ増殖 できるため、
「嫌気ボトル=嫌気性菌確定」ではありません。
GPC(球菌)× 好気/嫌気ボトル両方陽性
→ 通性嫌気性菌を考える + Staph / Strep / Enterococcus が候補となる。
GPR(陽性桿菌)× 嫌気ボトルのみ陽性
→ Clostridium の可能性を考える。特にガス壊疽のケースなどで重要です。
では緑膿菌を推定するときはどうでしょうか?
緑膿菌はどっちのボトルから出る?
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)は微生物学的には 偏性好気性菌 の(細長い)グラム陰性桿菌です。(ブドウ糖非発酵菌の仲間です)
⚠️ブドウ糖非発酵菌は「ブドウ糖を発酵できない=栄養にできない、酸素しか栄養にできないので(通性嫌気性菌の)ブドウ糖を栄養にできる腸内細菌に比べると細長くみえる偏性好気性菌」と教えています
そのため、臨床判断の基本方針としてはこうなります。
【超重要】緑膿菌は「基本的には好気ボトルから検出される菌」
これはまず確実に押さえてください。
- 好気ボトルのみ陽性:最も典型的
- 好気→嫌気の順に陽性:ときどき
- 嫌気のみ陽性:かなり稀(約10〜13%という報告もある)
というのが臨床でのリアルです。
【発展編】なぜ“嫌気ボトルから出る緑膿菌”が存在するのか?
結論:硝酸(NO₃⁻)を利用した“嫌気呼吸”ができるため
緑膿菌は本来酸素を使う好気呼吸の生物ですが、酸素が不足した環境では 硝酸を最終電子受容体に利用してATPを産生 できます。
これが 硝酸呼吸(nitrate respiration)。
電子伝達系を酸素以外で回すことで、
“嫌気環境でも限られた増殖が起きる” というトリックです。
ただ、硝酸呼吸が使われるのは
- 組織壊死
- 低酸素環境(創部、バイオフィルム内部)
- 菌量が多い状況
など特殊条件。
✔ 嫌気ボトルでも増殖する緑膿菌は菌量が多く、敗血症性ショック・30日死亡率が高かった
Marco DN, Morata L, Pitart C, et al. Infect Dis Ther. 2026;15(1):297-311.
という結果も報告されています。
ただし、これは「例外」であって、基本形ではない。
よって基本的には 好気ボトルのみ陽性=緑膿菌を考える でOK。
この解釈ができると、重症感染症を疑う場面で、好気ボトルのみからグラム陰性桿菌が検出された場合に、抗緑膿菌薬が投与されていなければ抗菌薬の変更を検討するヒントになります。
解釈のまとめ
好気(+)/嫌気(+)
「通性嫌気性菌がまず考えられます。黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、腸内細菌科などが候補です。」
好気(+)/嫌気(−)
「偏性好気性菌、特に緑膿菌・Acinetobacter などが候補になります。ただし通性嫌気性菌がまだ嫌気側で出ていない可能性もあります。」
好気(−)/嫌気(+)
「偏性好気性菌はほぼ否定的で、偏性嫌気性菌や通性嫌気性菌を考えます。」
Take-home message
- 血培ボトルの陽性パターンで、菌の性質の推定が可能
- 3パターン(好気+嫌気+/好気+嫌気−/好気−嫌気+)が基本
- 緑膿菌は基本には好気ボトル「のみ」で陽性が基本
参考文献
- 嫌気性菌について
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK482349/?utm_source=chatgpt.com - 緑膿菌の硝酸呼吸について
https://enviromicro-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1462-2920.2010.02252.x?utm_source=chatgpt.com - 緑膿菌の嫌気性ボトル内での増殖は緑膿菌血流感染症における死亡率の独立予測因子
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41296234/